アーティストインレジデンス

溶けそうな北関東を抜け出して北海道へ。

今日から2週間の滞在制作。

さっぽろ天神山アートスタジオというところにお世話になります。

北海道は8年ぶりで、そのときはまだ1歳半の娘を終始だっこしていて

へとへとになった記憶しかない。

あとホッキ貝にあたって死にそうになったこととか。

あれから娘もだいぶおねえさんになったので、今回とても心強い。

いつもはできないことをいろいろ試してみようと思案中。

なにが生まれるか、どうつながれるか、とても楽しみ。

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見えにくいものを見るためのお話

昨夜、代官山のMADというスペースで講演を聴いてきた。

 高橋源一郎 − ボクたちとキミたちの希望の物語 (仮) -

小さな場所なので、前列に座ったわたしと髙橋さんとの距離は50センチくらいだった。

社会的な立場が弱い人  病気の人、障がいを持つ人、こども と創造性についての話。

 

keyword

弱さの情報開示/人間が言葉をおぼえる理由/病児母のエネルギーと父の不在

エンパワメント能力/天職=calling/弱さのちから/一方通行ではない

芸術の不可解さ/見えないものを見る 聞けないものを聞く

 

話の主題以外でもとても勉強になったことがある。

髙橋ゼミのルール

○論破しない

○否定しない

○だれでも愛す

 

髙橋さん自身も他者を否定しないと決めている。

怒りをぶつけても相手は変化しないからだそう。

批評性をもった文を書くときは相手の出した本を全部読む、

安倍さんの著作も橋下さんの著作も読破したと言っていた(!)

そうすると怒りとは少しちがった視点で見つめられるんだって。

たしかにそうかもしれない。

これはこれからを生きるヒントになりそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個展を終えて About my work

今回の展示を経て、自分の作品について少し考えが変わったような気がしている。

今感じていること、光が見えそうな方向について手探りながら綴ってみたいと思う。

 

その前に、ここ何年かの自分の作品の変化の経緯について。

10年ほど前、大学院の修了制作からはじめたsceneryという作品群は、文字通り風景画で、

闇の中の人工的な光を描いていた。

無人の空間に光と人の気配を重ねて画面を作る。

枚数を重ねると、当初のわくわく感は薄くなってきて、しだいに作業としての割合が多くなっていった。

構図や画材、制作手順の面でも自由度が少なかった。

自分の作品なのに。

はじめにその兆候に気がついたときに思いきって立ち止まって舵取りをしていたらと今は思う。

でもわたしはそうしなかった。

いつも締め切りに追われていたし、評価してくれる人がいたし、何よりも路頭に迷うのがこわかった。

そんなわけでずっと一つの光を描き続けた。

 

2016年の夏の終わり、銀座の画廊の壁にかけてある自分の絵の前に立って、

描くものを自分で作ってみようかな、とふと思った。

外からアイデアを連れてくるのに疲れたのなら、いま自分にあるもので作ればいいんだ、と。

そうして描きはじめたのが透明のモチーフだ。

遠くに離れてしまった作品の人格と自分の人格をいったん近づけたかった。

 

なぜ透明なのかについて。

現在の自分をよくよく観察してみると、時代や社会や風土や環境、まわりの人々の影響によって

ほとんどが形作られているのではないかと思えたから。

物理的な身体はたしかにここにある。

でも中身はけっこう曖昧で、だれでもまわりの色やかたちを反映させながら、

いつでも少しずつ変化している。

そんな人間や生き物の姿を透明なモチーフに投影させて描きはじめた。

 

小さい頃からずっと四角い絵の中の世界にしか興味がなかった。

四角い画面を入り口にして、その世界の中へ入り込む。

絵画はわたしにとってずっとそんな存在だった。

コンプレックスだったので口にしなかったけれど。

 

そんな自分がひょんな経緯から立体を作りはじめた。

そして今回、はじめての映像作品も制作した。

透明な私はいつも移り変わっている。

今はすこし広い場所に出られたのかもしれない。

 

作品を作る → 展示する → 売る という、今まで当たり前のように

してきた手順に対して、立ち止まって考える時期なのだとも思う。

 

− Question

 

 立体と平面と映像を展示することについて

 

 それらの関係性をどう置くのか

 

 モチーフを作って舞台を作って、それを手で描く意味は?

 

 描いたものを壁に展示するってどういうこと?

 

 できることを伸ばすのか、できないことに挑戦するのか

 

 既存の枠内(絵画の市場)で活動することについて

 

 まわりの人や社会のために自分が力になれることがあるか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個展を終えて About place

24日に地元前橋での個展の会期が終了した。

希有な出会いがあり、交流があり、考えさせられたことも多かったので

忘れないうちに記しておこうと思う。

 

私が今回個展をした会場はya-ginsというギャラリーで、オーナーはアーティストである。

八木隆行さんと言う。彼は絵画や立体を作って売る人ではない。

彼の作品は「行為」で、具体的にどんなのかと言えば、自作のカーボンのバスタブを背負って

あちこちに赴き、現地の水を引き、付属のボイラーでお湯を沸かし、自ら入浴する。

お風呂の中で ぷはーっとビールを飲む。そういう作品。

大工的なスキルもあるので、家でも何でも手作りしてしまう。

このギャラリーも彼が一人でリノベーションしたものだ。

半分は展示スペース、半分はコミュニティスペースになっている。

 

場所はさびれた商店街アーケードにある。

近くの金物屋には古びたところてん突きやねずみの罠などが並んでいるし、

目の前の駄菓子屋には少年たちが集まってカードゲームに興じている。

昭和にタイムスリップしてしまったような感じ。

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都会か地方かという違いはあるものの、わたしが今まで展示をしてきたのは

いわゆるふつうの画廊だったので、そんなちょっとディープな場所で作品を発表して、

そこに毎日のように通ってみて、感じたことがいくつかあった。

 

ひとつは、ものすごく自分が楽だったこと。

いつもはだいたいどこにいても誰といても気を使って疲れてしまうのだけど、

ここにいるときは不思議なことにほとんど疲れなかった。

作品売買の場所として捉えていなかった(もちろん売れたらうれしいけど)ことと、

八木さんの人柄もあるのだろうけど、一番大きな理由は、その街の持っている

“気取らなさ”ではないかと思う。

平和な音楽がうっすら流れていて、急いでいる人は誰もいない。

商店街としてはあまり機能していなくて、そこにいる人の「生活」が見える感じ。

古びた通りをこれまた古びたアーケードがシェルターのように包んでいる。

街の人たちは、展示に関心を持ってくれるわけではないけれど、悪感情もなさそう。

さらさらと通常運転。空間が菩薩。

それが妙な肯定感を与えてくれる。

そんなわけで、人がほとんど来ないにもかかわらず、わたしはほぼ毎日通っていた。

そこでは、母でも妻でも絵描きでもアラフォー女性でもない ただの自分に戻っていたと思う。

自分の作品を展示する場所でそこまで素になってしまうのは問題ではあるけれど、

なんだか久しぶりに一息つけた気がした。

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もうひとつは、アートの地域性みたいなもの。

地方都市のアートとお金のことを最近よく考えていた。

経済のしくみとか公金のこととか難しいことはよくわからない。

でも、訪れる人の話を聞いたりしていると、そこのところがネックのようだった。

そういうことを話すとき、皆 あきらめと笑顔がまざった表情をしている。

詳しい内容はよくわからないけれど、なんとなく要約すると

「みんないろいろ考えて努力してやっているけど、いまいち上手く回らない。

地域の芸術に対する公的な補助みたいなものも減りつつあり、思いきった企画を立てるのが

難しい。報酬も十分にいかないので現場の士気も下降気味。」ということなのだろう。

 

私の住んでいる前橋市は、近隣の市町村と比べると、文化や芸術に関心がある人が

比較的多いと言われている。肌感覚でもそんな感じがする。

実際アーティストという肩書きの人も多い。

数年前にアーツ前橋という市の美術館ができて、よりその向きが濃くなった。

しかしその流れが大きなうねりとなって盛り上がるということにはならなかった。

今は小さなグループがいくつか点在して静かに活動している感じ。

敵対しているわけではないけれど、一つにまとまるわけでもない。

その輪に入っていない私個人的には、それはけっこう良いありようで、

素敵だと思っている。今回たまたまその中の一つの輪に寄る機会があったことで

貴重だったしうれしくもある。

でもみんなの晴れやかでない表情を見ると、問題は山積していそうだ。

そしてその数多の問題を突きつめていくと、必ずお金の壁にぶつかる。

 

これは次に書くテキストの内容とも重なってくるけれど、

アーティストや芸術活動はお金とどう付き合ったらいいのだろう。

わたしは、作品を作って売る という単純なサイクルの外に何かを見いだして

いけるのだろうか。そして、それは他者と自分を豊かにすることができるだろうか。

柄にもなく、そんなことを最近よく考えている。

まだまだわからないことばかり。しかしとても興味がある。

少しずつ言葉にして手がかりを得てみようと思う。

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迷子の蠅

築20年ほどの古いマンションに住んでいる。

生前父親が建てたマンションだ。

父らしいというかなんというか、どこもかしこも気が利いていなくて

舌打ちしたくなるような箇所がたくさんあるのだが、買い物に便利な場所にあるせいか

(スーパー、ドラッグストア、100均、ホームセンターまで徒歩一分)

住人はけっこういる。立地に感謝。

 

春になるとエントランスの踊り場のところで蠅が回遊している。

ぐるぐる円を描いて飛ぶ姿は一見水族館の魚のようだが、

たぶんあれは迷子なのだと思う。

左右の通路は外に通じているし、人の出入りがあれば自動ドアも空くのに

日に日に個体数が増えていく。ますます水族館っぽい。

たまに手荷物で誘導してみるのだが移動する気はないらしい。

毎日見ていたらなんだか自分の姿とも重なってきてしまった。

居心地が違う世界へ進むのがこわいのかもしれない。

 

コンクリートに囲まれてぐるぐる飛び続けるのもかわいそうなので

(なんといっても迷惑だし)うちわを持っていってぱたぱた扇いだら

全員どこかへ飛んでいった。

外の広い世界を楽しんでほしい。

そして私も外に出てみようと思った。

 

 

個展はじまりました

前橋市の弁天通アーケード内にあるギャラリー「ヤーギンズ」で6月24日までの開催です。

 

透明人形の新作に加え、はじめての映像作品もあります。

透明モチーフのストップモーションアニメを作りました。

 

会場のかたすみにはワークショップコーナーもあります。

どなたでも参加できます。

備え付けの紙ねんどで好きな動植物をつくってくだされば、わたしが樹脂で仕立てます。

(注 わたしの拙い技術で可能なかたちに限ります)

今後、作品のどこかに顔を出すかもしれません。了承して下さる方、ぜひご参加ください。

 

会期中の在廊はとくに決めていなくて、いたりいなかったりなのですが

たくさんの方とお目にかかれたら嬉しいです。

 

個展 「 部屋 」 5/19 – 6/24  open 金土日13:00 – 20:00

ya-gins  前橋市千代田町3-9-2 弁天通りアーケード内 

目にするものの裏側に

ロームミュージックフェスティバル2018 という音楽イベントの一つとして公演された

オペラ「蝶々夫人」のアニメーションの原画を担当しました。

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お話の起承転結と、春夏秋冬の風景がリンクする演出ということで

春と夏の海辺、秋と冬の森の絵を描いた。

 

平安神宮のとなりにある「ロームシアター京都」での公演だったので

娘を伴って週末に京都へ行ってきた。

わたしはいつも一人で作品を作っているし、発表もギャラリーでの個展が多くて、

こういうふうに作品を見てもらうというのは初めての経験。

進行のひとつひとつがとても新鮮だった。

 

わたしたちがふだん普通に目にするものの裏側には

信じられないくらい多くの人が関わっていること、

表に出ているものはその人たちの作業のほんの一片で、

裏には何十倍もの気が遠くなるような作業とその調整があること。

頭ではわかっていたはずなのに、それを目の当たりにして圧倒されてしまった。

 

プロフェッショナルは皆てきぱきしていてかっこいい。

主張したり譲ったりしながら選択し、完成に向けて照準をあわせていく。

こういう人たちを社会人と言うのだな、と思いながらリハーサルを眺めていた。

 

大きな画面で見る自分の絵は、動きを伴った効果が加わって、

はかなくてきれいで、良くも悪くも自分の絵じゃないみたいだった。

そういうところもなんだか嬉しい。

 

つぎは関東で公演をしたいね とわいわい話しながらみんなで夜の京都を歩いた。

今年出会った映画

一年の総括はむずかしいので映画のはなし。

 

今年は45本の映画を観た。

映画館で15本、それ以外は配信やDVDで。

もっとも心に残ったのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴの「メッセージ」(原題 Arrival)で、

これはおそらく私のオールタイムベストだと思う。

テーマもループ感も美術もすべてがバランス良く素敵だし、知的でドラマチック。

翌日また足を運んでしまったのははじめてだった。エイミーアダムス良い。

 

そのほかに好きだったのは、「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」「ムーンライト」

「女神の見えざる手」「ELLE」など。洋画が多い。

今年は 邦画は「人生フルーツ」と「夜は短し歩けよ乙女」の2つしか観なかった。

アジア映画も「お嬢さん」のみ。

 

アジア映画はいつも尻込みしてしまう。

独特の空気感というか、息苦しさ、猥雑さ、強烈さに触れるのがこわい。

哭声とか三度目の殺人とか観たかったんだけどな。

まともにくらって生活に支障をきたすかもしれない不安があって。

 

それでも来年はもうすこしチャレンジしたいところ。

 

早いもので今年もう終わりですね。 一年が矢のように過ぎてしまった。

みなさまどうぞ良いお年を。

マルチタスクへのあこがれ

わたしはいろんなものごとを同時にこなすことができない人で、

一つのことをはじめると、そればかりに集中してしまう。

先月まったく絵が描けない時期があって、

なにをしていたかというと ずっと編み物をしていた。

目を血走らせながら毛糸に埋もれて過ごすこと数日。

それが突然、前触れもなくぱちんとスイッチが切り替わって、

いまは制作ばかりしている。

あみあみ期に完成したのは娘のニットキャップと小さなドイリーだけ。

自分のレッグウォーマーは編みかけ(一足はできてる)のまま放置されている。

制作の息抜きに手芸ができたらいいのに。

どうしてもひとつだけに偏ってしまう。

 

そんな性質にもかかわらず、いまひそかに挑戦していることがある。

それは年末の大そうじを小分けにして 毎日計画的に進めるというもの。

例年大晦日は大そうじでへとへとになっているので、これはいいアイデアだと思った。

すごい人はエクセルで進行表を作って、チェックを入れていくらしい。

自分は表をつくっただけで満足してしまう可能性が高いので

自宅の北から南へなんとなく進めることにした。

一日だいだい30分。

そして本日は3日目。

投げ出さずにぜんぶ終わらせられたらよい新年をむかえられる。 はず。

理想と現実のあいだ

夜一人の時間はだいたいラジオを付けている。

なんとなく耳を傾けながら 残った家事と翌日の準備をする。

 

先日、不思議な名前の昆虫学者が出ていた。

へーと思い聞いていると、まじめなのにゆるくて面白い。

美大にいそうな感じというか、妙なシンパシーを感じた。

 

「バッタを倒しにアフリカへ」は大学を出てから現在まで、前野ウルド浩太郎さんという

ふしぎな名前の学者さんがなめてきた辛酸の日々がライトな文体で綴られている。

わたしは虫が苦手なので、バッタ愛のくだりはわからなかったけれど、なりたかった職業になれたものの、

シビアな現実の中で身動きがとれない焦燥感はとても良くわかると思った。

研究を邪魔してくる要素が不可避であること(バッタが発生しなかったとか)も本当しんどい。

それでも前野さんは勇気とユーモアを持って前へ進もうとする。

 

言い訳や選り好みをしながらタイミングをうかがっていると、あっという間に時間がすぎてしまう。

100パーセントの仕事なんてなかなかない。

それがわかっていても腰が重い自分には、この人のむしゃらさがまぶしく映った。

自分を飽きさせないように工夫する、いろんなところに種をまいておく、

ここ一番のときはとにかく集中する、そういうことの大切さをあらためて考えさせられる。

良い本です。おすすめ。

 

後日談 この本は2017年の新書大賞をとったそうです。すごい。